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Borneo Indonesia

Pasir 20030207 

パシールのスンカイ林/
Sunkai forest in Pasir


大きなスンカイはどこに/
Where is big Sunkai 

2003年2月7日(金)
 パシールへ行く準備。着替えとPCセットを準備。ホテル泊まりと言っていたので、タオルは置いていく。しかし大丈夫か?安宿にタオルはない。不安を残すが、やはり置いていく。
 事務所につくなり、学生が来る件で日程の確認。到着は2月22日、帰りは3月10日に修正。アブ先生と相談。最初は有薗に任せる。3月はムラクへ行くことを提案。アブ先生は概ね了承するが、忙しく大学へ出勤。
 学生にこちらの条件を示すよう、日本の大先生からの指示。書き始めるが、未確定なことばかりで、まとまりがつかない。アブ先生の帰りを待つ。とりあえず、サンバス先生へ送る写真集をほぼ完成させる。
 学生への条件提示はほぼ書いたが完成しない。後はアブ先生と予定を相談して、パシールでメールを出そう。結局時間切れで、いろいろ仕事を残したまま、パシールへ出発。
 一旦アブ邸に寄って、マハカム川を渡った先で晩飯。再出発。バリクパパンのフェリーを渡って直ぐのホテルに宿泊。安宿でした。タオルはありません。出鼻からこれか。タオル無しのマンディーは面倒なのでパス。  「ここはトモもカヤ、コバも泊まったよ」だそうだ。寝るだけなら文句はない。
 しかしアブ先生、カナのことをいつもカヤという。カナですよと何度言ってもカヤという。きっと言いにくい単語なのだろう。

2003年2月8日(土)
 国有林事務所による。ここでアブ先生の教え子が森林官をしている。ホテルに入る。なかなか良いホテル。タオルはある。良かった。
 スンカイ林を求めて、来た道を一旦バック。山に入る。小径丸太のスンカイが置いてあった。役人がくるというので、みんな逃げ出したそうだ。確かに天然更新で育ったスンカイがたくさんある。しかし、細い。私に対してこれで満足できたかと森林官が訪ねてくる。思わず太いスンカイが見たいと駄々をこねてしまった。
 森林官はこの地域で一番太いスンカイを探して車を動かし始めた。見せてもらえるものはせいぜい60cm級でそれほど太いものではない。おそらく、焼畑をしたときに植えたものではなくて、植えたものを伐った後、天然更新で育ったものだろう。 私の不満足げな様子を見て、森林官は「明日もっと知っている人の所へいこう」と言って帰路に付いた。
 メール出したいが出せない。ホテルにも断られるし、ワルテルも接続を拒否する。ちょっと貸してくれるだけでいいのに。


スンカイの製材所/
Sunkai lumber mill

  2003年2月9日(日)
 国有林の森林官は明日からサマリンダへ出張だとかいうことで、今日はお休み。次長のような人が地元の木材商のところへ案内してくれて、この家を訪問。社長らしい人とそのパートナーらしい人がおしゃべりしているところへ飛び入りした。おそらく日曜日の朝の団欒だったのだろう。
 いきなり、太いスンカイはどこにあるの?と尋ねると、「xxxという村にあるのを知っている、そこはスンカイだらけだ」という。スピードボートで片道3時間、そこから歩き回って3時間、帰ってくるのに3時間かかる。「行くか?」「もちろん、太いスンカイ林を見たい」明日行くことに決定。ついでに午後から製材工場も見せてくれることになった。
 しかし、アブ先生は頭を抱えた。「お金がない、銀行をさがします、スピードボートは高い」「いくら」「赤いので10枚」「むー」自分の財布を覗いたらちょうど10枚入っていた「あるよ、これで行こう」「わかりました」。最近金のことを赤いので何枚と言うようになった。「赤いの」は100,000Rp紙幣のことをさしている。アブ先生と私の通用語だ。
 いろいろ約束を決めた後、近所のイスラムの学校の校長先生の所へ行った。この校長先生もアブ先生の教え子。パシールからバリクパパン方面へ戻って20Kmのところだった。ここで電話を借りてメールができた。
 12日にイスラムの祭礼があって、お金を持っている人が牛やヤギを潰して貧しい人に振舞う日だという。アブ先生はこのイスラムの学校へヤギを進呈するのだそうだ。その打ち合わせに来たのだという。午後はこの先生の案内でオイルパームのプランテーションを見学しようということになった。
 再びパシール市街へ戻り、社長の案内で、スンカイを挽いている製材所へいく。ほとんど薄い板材にしている。フローリングもあった。やわらかい木だからフローリングには向かないかもしれない。でも、日本なら杉の縁甲板だってあるのだからいいのか。薄板は地元向けらしい。製材所へ来る前に、地元の村で使ってしまうものも多いらしい。とすると、サマリンダのような都市への国内向けでほとんどが終わってしまうだろう。
 スンカイは日本人が好きで、家具用や建築用に時々まとまって出て行くそうだ。木材はチークより白く年輪のあるきれいな肌をしている。この前スンカイ材のドアを見たが、机やたんすにすればいい感じだろう。
 ここで挽いたものはサマリンダのスマリンド社へ持っていくのだとか。スマリンドは下宿の若主人トゥングルさんの会社。住友林業がかかわっている木材会社だとか。スンカイをなにに使っているのだろう。


オイルパーム農園/
Palm oil mill 

 またまた、20kmを走ってイスラムの校長先生のところへ行く。今度はオイルパームの見学。忙しい日だ。なかなか休ませてくれない。オイルパームのプランテーションはパシールに来るときに車の中から見てきた。どうもそこまで戻るらしい。ちょうどバリクパパンとパシールの中間になる丘陵地帯のはずだ。ずいぶんと距離がある。
 オイルパームは整然と植えられている。この周辺には日曜日だと言うのに油を運ぶタンクトラックが往来している。ヤシの実をどうやって集めているのかが不思議だった。作業車が入れる様子もないし、人の歩く踏み後はあるが、轍はない。ヤシの実は運搬車が入れるところまで、人力で運ぶらしい。もちろん収穫も人が登って採るのだ。これは大変な作業だ。このプランテーションは国営。オイルを絞り出す工場付で大規模なプランテーションを構成するのだから国営以外に請け負える個人も会社もないようだ。インドネシアにとっても一大事業だ。


 夜は、製材所の親父と、木材商の社長とそのパートナー、国有林のボスと次長、イスラムの学校の先生、アブ先生と私と運転手のパルディさんで晩餐会。大いに話しに花が咲いていた。咲かないのは言葉の分からぬ私だけ。それでも、話をしている人の顔の表情を見ていたり、時々知っている単語を聞き拾えば、今何について話しているのかが分かる。村の人から買うときは1㎥いくらだとか、製材所に渡すときはいくらで、サマリンダに売る時はいくらだとか、そんな話が多かった。さすがにアブ先生の専門分野。


スピードボートでスンカイ集落へ/
To the Sunkai village with a speedboat.

2003年2月10日(月)
 わがままな1日が始まった。太いスンカイ林が見たいという私の一言でこうなった。
 昨日約束した木材商の社長とそのパートナーが案内人。
 スピードボートで3時間。パシールから川を下って1時間、海に出て海を走って1時間、再び別の川に入って遡って1時間の道程。海の上のスピードボートはやはり跳ねる。船にしがみついて振動にたえるのはきつい。乗馬の姿勢がやはり楽だ。


スンカイだらけの若い二次林/
Young Sunkai forms the secondary forest

 着いたところは小さな集落。大きな林は周りにはない。メランティは切りつくしてもう1本もないという。見渡すと、農地やアランアランの向こうに二次林が見える。スンカイはこっちだと、案内の社長が二次林の中へ導く。 二次林の中で、スンカイは明らかに優占種になっている。繁殖の形態から言っても、パイオニア的存在の樹種だから、スンカイを伐採すれば、またそこにスンカイが出てくる。スンカイだらけの森林だ。
 この二次林から伐採できるのは、non deptorocarpus、そのなかでもスンカイは最も使いやすいものになる。細い樹は真っ直ぐで、長い棒が欲しいときに使う。直系が20cmを超えれば、板にできるから家の床、壁、屋根、天井に使う。丸太のまま柱にも梁にもできる。樹皮は壁や屋根の外回りに使う。捨てるところはないのだと社長は説明する。
 「これがスンカイの森林だ、どうだ」と社長はいう。確かに60cm級の太い樹もあるが、前に見たスンカイはもっと大きかった。メランティの稚樹もこの林の中にはない。違う。森林の構造がまるで違う。ここも恐らく最初の焼畑の時に植えたスンカイが天然更新でできた林だろう。
 最初のスンカイはとっくに伐られ、使いやすい樹だから次に育ったスンカイもまた伐る。伐れば伐るほどスンカイだらけになっていったに違いない。その間に周りにあったメランティも一切なくなってしまったのだろう。パシールにスンカイが多いという話を聞いて来たのだが、多い理由はこういうことだったのか。


スンカイの根はつながっている/
Relation of a Sunkai root system


スンカイの樹皮は屋根材に使う/
The bark of Sunkai as roof material


 こうなってくると、タンジュンの太いスンカイは貴重な存在に見えてくる。アブ先生にもう一度いけないかと尋ねた。すると、あそこは会社が伐採している山で、人の出入りを厳しくチェックしていて、普通我々は入れてくれない。そこへ休みの日にもぐりでいったのだという。だから二度といけない。
 すでにアラビア人と日本人がスンカイを買いつけに来たという噂が村中に流れているそうだ。もちろんアラビア人はアブ先生で日本人は私。
 ますます、大事なものに感じてきたが、おそらく直ぐに伐採されてしまうのだろう。スンカイの存在は、集落の歴史や森林の履歴を把握するために役立つ生きた資料だ。
 村の家でお世話になって、昼食をとって、スピードボートに揺られて3時間、パシールへ戻った。


2003年2月11日(火)
 朝早く起きて、サマリンダへの帰路に着く。
 途中アブ先生の会社が植えたという、スンカイの造林地を見た。そこで面白いことに気がついた。挿し木苗を使って植えた林は株立ち状になっていて、必ず2-3の幹を持ち、萌芽更新でできた林のようになっている。実生で育てた苗を植えたものは1本の幹しかない。樹木の素性からすれば実生苗を使って植えることの方がよさそうだ。それにしてもスンカイは話の種の尽きない樹だ。
 家に戻って、やってくる学生についてのやり残しのメール連絡をした。

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