Australia
Darwin 20030530
ダーウィンそしてブリスベンで周遊ドライブ/
Round tour drive in Darwin and Brisbane
ダーウィン からアリスを目指して/ From Darwin to destination Alice Springs
2003年5月30日(金)
中身の何か分からないお土産を抱えてダーウィンの入国審査で捕まる /
Arrest by the immigration for the souvenir without information of contents


ダーウィンに着くと大問題を抱えた。オーストラリアの検疫はやたらに厳しく、この前の時も、犬にくんくんとかがれたり、特別に見張っている税関係員に検査カウンターを変更されたり大変だった。そのときは何もおかしなものは持っていなかったので、なにもないと言い張ったら、わりと簡単に通過できた。
しかし今回はトゥングルさんからおみやげに食べ物をもらってきてしまった。これはどうなることやら。中身が何かは知らない。ありのままに、分からないものを持っていると言ったら、持ち物だけでなく人物そのものも入国再審査の対象になってしまったらしく、係員が何人にも渡って、尋問にやってきた。
それはそうなんだよな、バリからダーウィンにやって来る日本人なんか普通はいないし、たしかオウム真理教がオーストラリアへ入り込むルートがこれだった。警戒されて当たり前だろう。
何しに来た、どこへ行く、どこへ泊まる、そこで何をする、いつまでいる、お前はなにもの、審査官が入れ替わり立ち替わりやってきて、なんでもかんでもどんどん聞いてくる。
まずダーウィンからカカドゥ国立公園に行きたい、レンタカーでNTの南部までいって、自然植生の観察をしたい、その後は、ブリスベンに行って、近所の国立公園で自然植生の観察をしたい、私は日本の大学の講師だ、フォレストリィを教えているなどをしゃべった。
そのうち、イミグレーションのボスがやってきて、オーストラリアに来たのは3回目だが、過去の2回は何しにきたと聞く。おまけに、なんでインドネシアからきたのだ、インドネシアではなにをしていたのだが質問に加えられた。英語で答えるのがだんだんきつくなっていく。英語の試験をされているようだ。
結局荷物のなかから、派遣研究かかる書類とレターがいろいろ出てきて、それを見せて一件落着。イミグレーションのボスも納得し、「気をつけて」といい残して自分の席に戻っていってしまった。
ところが、大変なのはこの先だった。本来の問題点、植物検疫だ。トゥングルさんからおみやげに渡された食べ物は、実は日本の大先生にと言われたもので、改めて自分で見てみると生乾きのナツメッグだった。生乾きはまずいだろうと思いながらも、検疫官に見せながら、「インドネシアの大事な人から、日本の大事な人へのギフトだから、手放したくない」と言ってみた。係官は若い人で「わかったが、調べてみる、そこで待っていろ…」といって、品物を持ってコンピュータのある部屋へ去っていった。
ドアを開放しているその部屋からはワイワイと早口の英語がしばらく飛び交っていたが、どうにも聞き取れない。20分ぐらい待たされた後、若い係官がにこにこして戻ってきて言うには「問題ない、我々の禁輸リストにこれはなかった…日本に入るときはドライと言え…」だった。ひょっとするとこれは、係官みんなで相談した結果の特別措置なのかもしれない。ずいぶん苦労をかけてしまったような…
どこへ行ってもイミグレーションでひと悶着…おかげであまりびくびくもしないし、気にもならなくなった。
早朝のダーウィンで買い物 /Early morning shopping in Darwin City

早朝のダーウィン空港は何もない、どの店も開かない。イミグレーションや検疫やでだいぶ時間を使ったが、予約したレンタカー屋が開くまでにはまだまだ。イミグレーションでもっと遊んでいてもよかった。
レンタカー /rental car
レンタカーを借りて、朝のダーウィン市街へ、町には通勤途中の人々が往きかう。
朝食/Breakfast
歩道上にはカフェのテーブルが出ていて、サンドイッチとコーヒーでゆったり朝食をとる人の姿をたくさん見かけた。車を止めて、真似して朝食をとりながら、これからの計画を練る。
これからまず必要なのは日本へ帰る切符。ダーウィンから直接日本へ帰る便はない。既にブリスベンから帰ることは決め、インターネットで今日のダーウィンでのレンタカー、4日のダーウィン-ブリスベンのフライト、4~6日のブリスベンのレンタカーのモーテルは予約してある。ブリスベン-東京のJALのフライトもインターネット予約はしたが、23万円もするし、切符自体はない。第一もっと安い切符が欲しい。
他にも、この前使った地図は案内人ノリが日本へ持って帰ったし、カメラはアブ先生にあげてきたので、地図もカメラも買いたい。行動食も必要だ。まだ8時だから、まず食べ物をコンビらしき店で買って、町を見学してカメラ屋と本屋と旅行代理店を探しているうちに店が開くだろう。
店が開くまでの時間つぶしに、港の公園でぶらぶらしてみたら、地元のお年寄りに声をかけられ、「日本軍がこの港まで攻めてきたんだよ。これが戦った記念碑だ。オーストラリアは日本とだけ戦った。今は平和だ。オーストラリア人はみんな日本が好きだ。」と言われたが、何を答えるべきか詰まっている間に、笑って去っていった。
行動食、地図、カメラ/
Portable food, Map, Camera
計画通りに事は進んで、行動食も地図もカメラも手に入れた。
日本へ帰る航空券/
Airline ticket to Japan
6日のブリスベン-東京のフライトはインターネット予約を取り消し、新しく9万円の切符で予約しなおした。だが切符ではなく、航空券を手にするための手配書を渡された。帰ってくるころに切符が準備できるから、この手配書と交換に来いとのことだった。ここへ帰るのは3日の夜で、4日の朝、ブリスベンへのフライト前にしか来れないが、それでもOK?と訪ねると、考え込んで「とにかく来てほしい」と言う。「分かった」と答えたものの不安が残るが、これでよい。これに乗れれば14万円も得したことになる。
白い花はスイレンか?/Are white flowers water lilies?




ダーウィンを出発、最初の目的はKAKADU NP。まず白い花の咲き乱れる湖が見えたので、どんな花なのか、車を止めた。花はスイレンか、分かったので直ぐ前進。
Apa ito ?/これは蟻塚か?/Are these Termite Mounds ?






次に出くわした変なものは、土から沸き立つ尖った突起物、「What is that」「Apa ito」と独り言。車を止めて降りてみてみるがなんだか分からぬ。蟻塚?それとも前に見たPinnaclasと同じものだろうか?分からん。インフォメーションパネルに「CATHEDRAS」とか「TERMIT」とか書いてあったが、なんだったけ?電子辞書は荷物の奥で、出す気にならない。
カカドゥNP入口にある説明/Explanation at Kakadu NP entrance




熱帯モンスーン林は燃える森/Tropical Monsoon Forest is burning


















なんだか分からないまま走り始めると直ぐKAKADU NPに入り込んだ。次に気になったのは熱帯モンスーン林の様子。みんな生々しく焦げている。いつ燃えたのだ?と疑問を抱きながら走れば、なんと煙と火が見えた。今燃えている。ここは今乾季なのだ。
今日は深夜のフライトで疲れているし、KAKADU NPに入って直ぐのFrontier Kakadu Villageで、ロッジ風の宿をとってお休み。しかし200A$は高いな。