Borneo Indonesia
Tenggarong20021225
テンガロンのドリアン農家/
Durian farmer in Tenggarong
ドリアンの家/
Durian Home
2002年12月25日(水)
アブ先生は、お母上がサマリンダに来ているとのこと。私の相手は今日はお休み。有薗とアスフィーさんのところへいくことにした。10時にアスフィーさんの下宿に行き、少しの間おしゃべりをして、タンガロンの実家へ出発した。
交通手段はバイク2台。有薗のバイクにアスフィーさんの学生が乗り、後ろに有薗。私は200ccのアスフィーバイクの後ろに。もちろん運転はアスフィーさん。

この前アブ先生とたどったコースとは異なり、サマリンダでマハカム河を一旦渡り、川沿いにどんどんさかのぼってタンガロンへ。これでタンガロンは2度目。やはり印象はきれいな町。この前は分からなかったが、遊園地がマハカム河の中の島にある。観光地として開発中の町のようだ。きれいなホテルもあり、ロープウエイも建設中。
1時間ほど走ったが、さほどの疲れもなく、ちょうど昼時、川沿いのレストランに入り、食事。このレストランの対岸が実家のある村だそうだ。一旦下流にバックして、この前わったった新しい橋を渡り、河沿いに再び上流へ向かう。
川沿いには、ところどころ集落があり、未舗装の集落用の道が続いている。途中雨がきて30分ほど休憩した。

実家に着いたとアスフィーさんが言ったとろからは、家は見えない。休耕田のようなところの真ん中に桟道が作ってあって、バイクを降りてそれを足り始める。桟道が終わると、林の中。結構大きな樹があって、「これは何」と訪ねると、「ドリアンです」。相当大きい。ドリアンがこの高さから落ちてきたらたまらない。
林の中の道をどんどん奥に進むと、ドリアンの木の下にバナナの樹がたくさん見え、その奥に小さな家があった。これが実家だ。というより今まで歩いてきた土地はみな実家ということだ。


ご両親にあって、飲み物をいて、あれこれ話が進んでいるうちに、お父さんがドリアンを割ってくださった。初めはアスフィーさんがやろうとしてたのだが、「なにをやってるんだ」という感じで、刃物を取り上げ手際よくさばいてしまった。
あっという間にさばいてしかも、ドリアンがきれいに割れている。どうして刃物を入れるところが分かるのか不思議だったので聞いてみたら、ドリアンには、ここを割ってくださいという線がひいてあるのだという。本当だ、赤い筋がはいっている。




ドリアンを食べていると、突然お父さんの口から「ユウコ シライ」の名前が飛び出てびっくり。「ユウコ シライ」「ユウコ シライ」といいながら、オピネルのナイフを持ってきた。なんと白井優子がここへ来て、このナイフを記念に置いていったのだ。白井はアブ先生の関係でも、本江先生の関係でも、当のアスフィーさんの関係でもなく、ここへ来たのだ。何でもアスフィーさんの妹と白井が友達同士で、さそわれてドリアンを食べにここにきたらしい。驚き、驚き。
このドリアンの家アスフィーさんのお爺さんの時代からのもので、お爺さんの植えたドリアンが100年生ぐらい。直径1mはあろうかという大木があった。1日に100個のドリアンが落ちたときもあったとか。ほかにもマンゴスチン、ランプータン、バナナなども植えられていたが、とにかくドリアンの巨木に囲まれた家だった。







テンガロンのロタン/
Rattan in Tenggarong
有薗がロタンの研究をしているというので、村のロタンを探しに出た。暑い熱いなか、汗だくで歩きまわったがない。「おかしいね、昔はたくさんあったのに」とアスフィーさん。村の人をつかまえてあれこれ話し始めた。結局切られて無くなったのだとのこと。
この村、アスフィーさんの家だけではなくて、ドリアンやほかの果物の樹がたくさんあって、果物の森になっている。だから果物を取るには、ロタンは邪魔な植物なのだ。ロタンはいつも切られて消えてしまった。ロタンを収穫していれば、成熟したロタンから種子が落ちて更新するが、成熟する前に切られていったのだろう。
ロタンを見つけて森に入ってみると、いきなりロタンのとげにひっかかれ、痛い思いをした。こんなとげだらけのつるに悩まされたら、果物の収穫どころではない。目的が違えば、この植物はやはり厄介者だ。
ほんのちょっと遊びに行ったつもりが、結構時間もつかって勉強もした。御礼を言って帰ろうとすると、ご両親にドリアンの御土産までいただいてしまった。今度なにかお返ししなければ。












