Borneo Malaysia
Tawau 20030218
ボルネオ一周の旅/
Trip around Borneo
2003年2月18日(火)
組織培養研究室の見学/
English small title
朝早くからまずティシューカルチャー研究室へ行って見学した。民間のバイオ事業会社の実験室だ。アブ先生は有薗をここへトレーニングによこしたいらしい。設備としては日本の大学の実験室に劣ることはない。ただインドネシアではこうはいきそうもないな。環境整備の技術とインフラが断然ちがう。さすがマレーシアだ。メランティの何かのクローンをせっせと増産していた。お金になるんだろうな。ここは教育機関ではない、民間事業体だ。














許可証もないのにダナムバレーへの道に/
Without a permit on the way to Danum Valley
いざ、タワオからダヌムバレーへ向かう。インドネシアに比べると、道がきれい、人も車も少ない、オイルパーム農園は規模が違うし、機械で収穫している、人が木に登っている姿はない。さすがマレーシアだ。カリマンタンとの差は著しい。 インドネシアでは、自然保護派の声がきつくて、大規模なオイルパーム農園はできないとアブ先生は言うが、たぶん負け惜しみだろう。そもそも国力の差ではなかろうか。
沿道にはアランアラン草原の姿が見えない。利用していない土地は無いか、すでに森林が再生しているのだろう。土地の使い方がはっきりしている。


















ダヌムバレー施設の利用手続きのため、ヘッドクォーターによった。アブ先生がカウンター越しにいろいろな係員を呼びつけては何やら話をしている。いやな予感がする。またひと悶着かな?心配なのでそばへ行ってみると、「パーミットがないと利用できないそうです」「無いの?」「ありません」「ダメじゃん」。いつもの事態がまた始まってしまった。「心配ない、心配ない」「なぜ……」「いま、責任者と話します」。また出た、心配ない心配ないの繰り返し。呪文だろ、これ……
ヘッドクォーターのトップらしい人が出てきてなにやらアブ先生と話しだした。朝のティシューカルチャー研究室では英語で話していたが、ここではインドネシア語で話している。というか、インドネシア語はマレー語の一部だから、通じて当然のことらしい。
話が終わるや、「パーミットが出ます」「なぜ?」「これからジャカルタの文化教育省に電話します、そしてサンバス先生からパーミットの申請書をここへFAXしてもらいます、それでここの責任者はパーミットを出します」「またまたアブマジック」「違いますサンバス先生です、そして私はインドネシアの偉い人、キタイさんは日本の偉い人です」。事実、パーミットがつくられ、利用手続きが終わるまで、それから30分もたたなかった。
改めて車をチャーターして、ヘッドクォーターからダナウバレーへ向かうが、舗装路が途切れてダートに入って間もなく、車が動けなくなった。バーストだ。タイヤはめちゃくちゃ、もう使えない。ドライバーは悲しそう。早く気づけばよいのに。ホイールごとスペアを積んでいるので、仕事はその交換だけよいが、我々は降ろされてその仕事を見物させられた。
ホイールの交換がすんだら、ドライバーは今まで以上にダートを飛ばして走る。飛ばしすぎだろうとアブ先生が注意したようだが、運転手はとにかく早く行こうの一点張り、帰りが怖いそうだ。「夜は道路にgajahがでるんだ、早く返してくれ」「gajah?」「ya…」どうもアブ先生はgajahをわかっていないようだ。自分の知らないマレー語の単語だと勘違いしたそうだ。Gajahは象のことだけど、象なんかこんな山の中に出るわけないから、マレーの別の言葉を聞き間違えたか別の意味があるのかと思ったそうだ。
だがそれは象で間違いなかった。